比礼振山(権現山) 2016年11月16日

益田市の権現山の写真です。山頂付近まで車で行けます。山頂からは、日本海 石見空港 益田市の西側の展望が望めます。見晴らしのいい日には見島も見えるそうです。また、地球安全祈願塔は高橋芳太郎さんが子供の時(明治43年:1910年)仙人から、必ず後世に伝えるよう伝言され、そのことが気掛かりになっていたので昭和51年に権現山の山頂に建立したものだそうです。石碑に彫られた次の文章 
 「今から百年すぎたころ(2010年)から逐次地球上に大異変が起こり大地震大津波天候不順が続き害虫が多発し人類が滅亡する時期が必ず来る この次期に人類の滅亡を防ぐには只一つ それは天の神に全世界の人が人種の別もなく思想の別なく宗教の別なく男も女も老いも若きも一致団結して地球の安全を祈願すれば不思議や神通力により地球の安全を保つことができる 
 文明は月日に進歩するが 一方では地球上を破壊し人体を毒化しつつあるから 常に体力を錬磨し気力を養成し粗食粗住に馴れ身体に対抗力をつけ強く生き抜くことのできるよう心掛けること
は、東日本大震災やまさに現在のことを語っているような気がします。
このことが詳しく説明されたサイトがありましたので紹介します。リンク


地球安全祈願塔の文字

権現山の眺望説明

権現山からの風景


文字拡大写真

以下は写真の文字をテキスト化したものです
 権現仙人の由来
 仙人は明治維新の時徳川幕府軍に属した武士で 長州征伐の時益田の戦いで敗れて乙子村に逃れて権現街道を権現山の篭立まで来たところ疲労と空腹で倒れ昏睡していると 権現山の主神が白髪老人となり夢にあらわれ神秘薬を授けられこれを飲むと急に睡がさめて元気になり 芦谷から匹見を通り広島の城下町のお寺に逃れ隠れ坊主になり 更に中国山脈の比婆山に立ちこもり石の上で三年間座禅による次の予言をする。
 今から百年すぎたころから逐次地球上に大異変が起こり大地震大津波天候不順が続き害虫が多発し人類が滅亡する時期が必ず来る この次期に人類の滅亡を防ぐには只一つ それは天の神に全世界の人が人種の別もなく思想の別なく宗教の別なく男も女も老いも若きも一致団結して地球の安全を祈願すれば不思議や神通力により地球の安全を保つことができる 
 文明は月日に進歩するが 一方では地球上を破壊し人体を毒化しつつあるから 常に体力を錬磨し気力を養成し粗食粗住に馴れ身体に対抗力をつけ強く生き抜くことのできるよう心掛けること

 仙人は地球上の安全を祈願するためこの権現山で昇天
明治四十三年三月十八日午後五時〇分 (明治43年=1910年)
右予言は権現仙人より直接高橋芳太郎に将来のため必ず伝言するようにと指示された
伝言責任者 正七位勲五等 高橋芳太郎
昭和五十一年三月吉日 (昭和51年=1976年)
建立者
大阪市此花区西九条 高橋芳太郎

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権現仙人伝説  リンク元より抜粋

明治43年(1910)の春、長髪で眼光が鋭く顔色の逞(たくま)しい一人の僧が、黒の法衣に脚絆を纏い、草履履きに金剛杖という托鉢の姿で高橋家の旧屋敷跡に現れた。

高橋家の昔から托鉢には白米一合を恵む習慣に倣って僧に白米一合を渡すと、僧は祖父の兼作を見て「私は明治維新の時に徳川幕府軍に属し、益田で薩長軍との戦いに敗れた…」と自分の来歴について語り始めた。

その僧曰く、敗戦の後に権現山の籠立(かごたて)までやって来たが、疲労と空腹で倒れ昏睡していたところ、一人の白髪老人が現れ、「私は権現山の主である。この水を飲め」と水を渡され、それを飲むと急に眠りが覚めて元気になり、それから続けて都茂街道を通って広島の寺町まで逃げられたそうな。

そして寺で坊主になり、益田の戦いで戦死した人の霊を供養しながら旅をし、その途中で比婆山に立ち寄って三年余り仙人生活をした結果、霊感を授って将来の事を予言出来るようになったので、権現山の主にお礼参りに行く途中であるという。

その僧との話は弾み、高橋家の祖父と子の三人で昼食を共にした。そのとき僧は、高橋家の子の芳太郎に「この家は家相や地形をみて紀元前から続いている屋敷であり、付近に沢山の先祖が葬られているから、お前は坊主となって先祖の霊を法要せよ」と言われたが、芳太郎が断ると「お前は人相から姓名判断からも悪いことばかり続くが、何事を行うにも真面目に行え、そうすれば、いつかは神仏のご加護によりより運が必ず開けて、晩年になって幸福が来る…云々」と言った。

そして、僧は芳太郎に「私の言うことを後世に伝言することの出来る者はお前しかいないから、次の事をよく聞け」と以下の伝言を授けられた。  

権現仙人の予言  ・・・・・

100年後(現在)について

それよりもっと恐ろしいのは、今から約100年後(2010年頃)に天災と人災により地球上に大変動が発生し、約3年間にわたり地球が冷下し、大地震・大津波・大暴風雨等悪天候が続き、害虫類が多発し、人類が滅亡する時期が来る。

その時期に人類の滅亡を防ぐには唯一である、それは天の神仏に地球の安全を今日から祈願する事である。その方法は全世界の人が人種・思想・宗教の別なく男も女も老いも若きも一致団結して地球の安全を祈願する事である。

また一方では、この地球の変動に打ち勝つ為に、強健なる体力と健全なる精神をもつ子孫を後世に残さなければならない。これが為には、男は強い完全なる子種を女に授け、女は妊娠したら胎教、即ち子孫の中に子どもがいる間に神仏を信心し修養、良き子を産み育て、子孫の繁栄を常に心掛けねばならない。

文明は世が進歩するが、一方では地球を破壊し人体を毒化しつつあるから、これに抵抗出来得るよう常に粗末な衣食住に慣れ、強健な体力と健全なる精神力を養い置く事を忘れてはならない。

天災や人災で地球上に大変動が発生したら、都会の人は大半滅亡し、田舎の山間部の人は辛うじて生き残る事が出来るが、食料に不足し飢餓死するからこれを防ぐ為には、今のうちから自然食の保存に留意しておかねばならない。

その自然食とは、実のなる桃・梨・柑橘類・くるみ・栗・柿・しい・ドングリ等、山菜類ではくず・わらび・ぜんまい・よもぎ・れんこん等、薬草類ではせんぶり・はっか等、いずれも現在の無災害時から各家庭毎に植え付けておく事。

災害が来てからでは間に合わないから、また悪天候と戦争は地球上に人類の生存する限り何時起こるか判らないから、自然食は平素から確保しておく事を忘れてはならない。

自然食の体験の為、3年余り比婆山に篭もり修行して結果、生き抜く事が出来るのを確かめたからこれを信じ、平素から少しでも実行して非常時に備えておく必要がある。

また、山篭もりする前に人間に最も近い猿の生活状況を研究し、猿は草木を食し繁生しているから、仙人生活にいつでも生きて行くのに困る事はないと比婆の山猿を共に生活したが、何ひとつ困った事はなかった。

この仙人生活中、山の動物は生きる為に昼夜を問わず動き、残った食物は木の枝に、土の中に、色々と工夫して貯えている事を知り、人も100年後の大危機に備えて粗食に慣れ、常に動き持久力をつけ、食物を貯える方法を研究し置かねば、人類滅亡を防ぐ事が出来ない。

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